
撮影:三ツ村崇志
電柱や電気設備を撮影するだけで、ポイ活さながらにお金を稼ぐ。そんなスマホアプリがある。
ブロックチェーンゲーム(Web3ゲーム)『ピクトレ〜ぼくとわたしの電柱合戦〜』だ。
運営元は2018年にシンガポールに誕生したスタートアップのDigital Entertainment Asset(DEA)。その背後で仕掛けているのは、東京電力グループ傘下の送配電事業である東京電力パワーグリッド(以下、東電PG)だ。
東電PGは、中部電力らとともにシンガポールにGreenway Grid Global(GGG)を設立し、新規事業創出などを進めている。2023年3月にGGGとDEAが基本合意(MOU)を締結すると、7月には東電PG自身もパートナーとして協力しながらピクトレを開発してきた。
電力業界大手が、Web3ゲームという言わば“異世界”とタッグを組む背景には、深刻なインフラ課題がある。
「電柱1本30円」数十万円稼ぐ猛者も
撮影:三ツ村崇志
ピクトレは、ユーザーが「ボルト」「アンペア」「ワット」の3チームに分かれて電柱などの写真を撮影し合う「陣取り合戦」ゲームだ。
ユーザーがやることはいたってシンプル。ゲームの対象地域で電柱などの設備に近づき、スマホで複数の方向から撮影するだけ。
ユーザーは撮影した電柱の数やチームへの貢献度(獲得ポイント)、運営が提示する「ミッション」の達成可否などに応じて数十〜数万コインを獲得できる。このコインは、Amazonギフト券や独自の暗号資産(DEP)といった報酬と交換が可能だ。
2024年4〜6月に実施した群馬県前橋市での実証試験では、電柱1本を撮影して得られるコインは約30円相当。期間(シーズン)内に対象区域ほぼ全域分となる約2万本の電柱が撮影された。当時ユーザーの中には、数十万円相当を稼ぎ出す猛者もいたという。
2024年9月からは東京都の千代田区、港区、中央区を舞台とした新シーズンもスタート(電柱1本あたり5円相当)当初11月末までの予定だったが、好評につき1月末まで延長することが決まった。

アプリ上に表示される電柱や電気設備(灰色)を3チームに分かれて取り合う。撮影すると、アイコンが各陣営の色に染まる(左)。撮影した電柱を「電線」でつなぐ(中)と、個人ランキングに影響するポイントが獲得できる。撮影した画像はレビューされ、その後東電に活用される(右)。
画像:アプリのスクリーンショット
東電PGでは、もともと管轄内に約600万本の電柱を抱えている。GGGのマネージャー(東電PGからの出向)でピクトレプロジェクト生みの親でもある鬼頭和希さんによると、点検を外部委託する分だけでも年間20〜30億円ほどのコストがかかっていたという。
点検頻度も電柱1本あたり5年に1度程度と少なく、鳥の巣ができていたり、植物のツルなどが絡まっていたり、停電リスクを抱えている電柱を必ずしもリアルタイムで検知できているわけではなかった。
「外部委託する点検費用の一部を経済圏として取り込むことができれば、Web3ゲームとしてワークするのではないかと仮説を立てて作ったのがピクトレです」(鬼頭さん)
東電PGは、レビューを経た画像を保守管理に活用しており、その対価として一定の金額を支払っている。その費用が、ユーザーに支払われる報酬の原資にもなっている。
Web3ゲーム業界ではゲームで実際に報酬を得られる「Play to Earn(P2E)」という仕組みがかねてより注目されていた。鬼頭さんは「これまでのPlay to Earn(P2E)は持続可能性に欠けていた。企業の課題解決費用を組み込むことで新たなキャッシュポイントを創出した」と、電力業界とWeb3ゲーム業界が互いの課題を補完しあえる可能性があると語る。
「稼げるゲーム」でインフラ保守のゲームチェンジ目指す

電柱に鳥が巣を作ることも。電気トラブルの要因の一つだ。
Geobacillus/Getty Images
前橋市でプロジェクトがスタートした際には、開始1時間で約2000本の電柱が撮影されるなど「東電PGだけでは到底実現できない速度でした」(鬼頭さん)と、盛り上がりをみせた。
例えば、電柱・電線トラブルがあった際の原因究明や、事前のリスク管理には効果てきめんだった。実際、電線トラブルで停電が発生した際にピクトレで撮影された画像を確認したところ、確かに植物のツルが絡まっている様子が確認できた事例があったという。
DEAのCMOでピクトレの開発に携わった栗原英誠さんは
「ユーザーが撮影した段階でアラートを出せる工夫を入れれば、停電を未然に防ぐこともできると思います。業務のクリティカルなところに肉薄できている印象はあります」
と自信を語った。
ゲーム内の「ミッション」として、運営(東電PG)から特定の電柱の撮影を促す仕組みも作った。
東京都内では、1日数件から数十件程度、電柱への接触事故が発生している。電柱の機能にまで異常がみられることはほとんどないものの、保守管理の観点から事故の度に必ず確認する必要があったという。ピクトレで「何分以内にこの電柱を撮影してください」というミッションを発生させることで、ユーザーの力を借りてこの手間を大幅に削減することができる。台風や地震といった自然災害後の状況把握にも使える。
多くのミッションが達成され、予想以上の手ごたえが得られている、と鬼頭さんは言う。
2019年9月に関東地方を襲った令和元年台風によって停電した千葉県・木更津市内の様子。こういった災害時後の被害状況を確認するツールとしても、市民参加型のアプリには可能性がある。
REUTERS/Issei Kato
電柱以外にも、道路の陥没、マンホール、ガードレールの破損、明かりの切れた街灯の調査など、横展開も視野に入る。スマートフォンの普及率が9割を超え、1億総センサー社会となった現代において、同じ仕組みでカバーできることは多い。
「僕らが目指す究極は、電柱に限らずインフラメンテナンスのゲームチェンジを起こすことです」(鬼頭さん)
インフラ保守などの社会課題をゲームで解決しようという取り組み自体は、そこまで新しいものではない。ただ、いくら面白いゲームを作ってもどうしても「飽き」が来てしまうものだ。一般的に継続率が高くなりやすい「稼げるゲーム」という異世界コラボは、大きなアドバンテージだ。
11月中に開催されていた東京本シーズン3では、電柱を撮影して得られるコインは60コイン(5円相当)と若干物足りなさを感じるかもしれないが、シーズン終了段階で個人ランキングやミッション貢献度に応じて数千〜数万という大量のコインを獲得できる。1位チームのトッププレイヤーには12万コイン(1万円相当)が報酬として与えられていることを考えると、意外と稼げるゲームだと言えるだろう。
GGGのマネージャーで東京電力からの出向社員でもある鬼頭和希さん。ピクトレの生みの親だ。
撮影:三ツ村崇志
Web3業界といういわば異世界とのタッグが実現するまでには、「課題も死ぬほどあった」(鬼頭さん)。
MOUを締結したとはいえ、レガシー産業の代表格とも言える電力業界の中でも最大手である東電PGに「ブロックチェーンゲーム」という手法を納得させることはそう簡単ではなかった。鬼頭さんは、東電PG側の意思決定者に対して、「なぜやるか。なぜこのアプローチなのか」を個人的に腹落ちしてもらうところからスタートしたという。
開発も簡単に進んだわけではない。ユーザーから電柱の写真が集まってきても、東電PGが使えるクオリティでなければ意味がない。ゲーム設計段階から、東電PG内部にもエンジニアチームを組織して、どんな電柱の画像であれば活用できるのかを逆算して議論した。
電力業界とWeb3業界という大きなカルチャーギャップがある中で、鬼頭さんらGGGには両者の間を取り持つ立ち回りが求められた。
「使えるゲームになるかどうかは、どれだけリアリティを持って電力会社側のニーズを仕組みの中に落とし込めるかにかかっていました。GGGが東京電力と我々をブリッジしてくれていました」(栗原さん)
東電から電気を買う理由

電柱には点検や整備が必要だ。(画像はイメージです)
104000/Shuttersotck.com
前橋市での実証実験の参加者は約300名。東京シーズンまで合わせると、ピクトレの累計参加者は約700名にのぼる。アプリ自体の累計ダウンロードは5000近いものの、毎日のアクティブユーザーは100〜200人程度とまだまだ規模は小さい。
これから先、どうユーザーを増やし、ゲームとして持続可能な形に落とし込むかは大きな課題だ。
前橋市での事例では、「稼げるゲーム」に注目するWeb3ゲーム好きのコミュニティの目に留まり、東京からバスツアーが組まれるなど、ユーザーが越境してきた。
イベント前日から、前橋市のホテルに関係者が宿泊。地元の観光名所や飲食店を訪れるなど、地域経済にお金を落とすことにもつながった。「#前橋メシ」というハッシュタグを通じて、SNSで交流するユーザーもいたという。
地域を巻き込んだエコシステムを回せる可能性も見えてきた。今後は有名IPとのコラボレーションも検討しており、エコシステムを回すために、どんなコミュニティでこのモデルがハマるのかを検証していくと鬼頭さんは言う。

12月7日から秋田県でのシーズンがスタートする。1電柱あたり、獲得コインは2000コイン(約200円相当)だという。
画像:GGG
グループ全体の企業価値の向上にも寄与できる可能性があると鬼頭さんは言う。
2016年に電力が自由化されたことで、電力小売り事業に参入する事業者(いわゆる新電力)が増えた。その中で、わざわざ東京電力グループから電気を買う意味はどこにあるのか。ピクトレでその答えの一つを作りに行けるのではないかと、鬼頭さんは話す。
「新電力であろうが、電柱を介して電気を送っているのは東電PGです。ピクトレを通じて、みなさんの生活動線や可処分時間の中に電柱を組み込んでいき、ファンを作る。それが結果的に東京電力の企業価値を上げていくことにつながるのではないかと思います」(鬼頭さん)


