「勝ちたい」という思いから社会へ
「自分は本当に好きなゲームで、どうしても勝てなかったんです」
授賞式でそう語ったのは、自身が制作したゲームコントローラーで特別賞を受賞した栗原一貴だ。若いプレイヤーや反射神経に優れた相手に負け続けるなかで、栗原は「自分がもっている力で、技術的にどうにかできないか」と考え始めた。その切実な個人的動機から生まれたのが、「栗原式インパクトボタン」だ。

特別賞を受賞した栗原一貴。
PHOTOGRAPH: SHINATO YOSHIMATSU
装置を公開すると、SNSを通じて同じような悩みを抱えるプレイヤー、とりわけ中高年層やプロゲーマーを含む多様な立場の人たちから反応が寄せられた。栗原は次第に、この装置を「自分ひとりのためのものではなく、困っている人たちの知恵が集まって育っていくもの」と捉えるようになったという。
こうして「栗原式インパクトボタン」は、個人制作でありながら、自然発生的に共同制作へと展開していった。装置の改良や使い方をめぐる議論が拡がり、ひとりでは到達できなかった視点や可能性が生まれていった。その経験を栗原は、「個人的なものとして始めたものが、社会的に拡がっていく。そのプロセスを体験できたこと自体が、とても貴重でした」と振り返る。
「この賞は、自分ひとりのためではなく、このプロジェクトにかかわってくれた人たちと一緒に受け取ったものだと思っています」という言葉からは、装置そのもの以上に、プロセスを重視する姿勢がうかがえる。

PHOTOGRAPH: SHINATO YOSHIMATSU
学術的視点をゲームコントローラーに
「栗原式インパクトボタン」は、ヒューマン・コンピューター・インタラクション研究で知られる「Fittsの法則」と、その特殊ケースである弾道的動作に着目したプロジェクトでもある。これらの学術的知見をゲームコントローラーの物理操作に応用することで、高速かつ確実なボタン押下を実現しているのだ。さらに、その技術的成果をオープンソースハードウェアとして社会実装する試みも、作品の重要な要素となっている。
このアイデアを具現化するため、栗原は2種類のプロトタイプを開発した。
ひとつめは、既存のアーケード用押しボタンスイッチを3Dプリント製の固定具で垂直配置する方式。従来のボタン交換と同様の手順で導入でき、明確な力覚フィードバックが得られる。
もうひとつは、通常のPLA(植物由来で生分解性のある3Dプリンター用フィラメント)と導電性PLAを組み合わせたタッチ入力型で、導電性指サックを用いることで通電入力を行なうタイプ。3Dプリントのみで構成でき、従来のボタン位置での入力も可能なことから、公式大会規定に抵触せず入力範囲を拡張できる点が特徴だ。ここには、ルールを読み替える「ルールハック」としての側面もある。
