アメリカ・サンフランシスコで開催された「Game Developers Conference 2026」(以下,GDC 2026)で,「Curating the World of ‘Baby Steps’」と題したセッションが行われた。
「Baby Steps」(PC / PS5)は,プレイヤーがキャラクターの足を一本ずつ操作して山を登っていく“3Dハイキングゲーム”だ。
プレイヤーは主人公である無職のダメ男・ネイトの足を自分で持ち上げ,地面に置き,体勢を保ちながら進んでいく。操作はぎこちなく,ちょっとした段差でも転びそうになるが,その不器用さそのものがゲームの中心にある。
本作を手掛ける開発チームも個性的だ。“壺おじ”こと「Getting Over It with Bennett Foddy」で知られるBennett Foddy氏と,本セッションのスピーカーである「Ape Out」のGabe Cuzzillo氏,「Ape Out」に携わったMaxi Boch氏の3人で制作されている。
セッションのテーマとなったのは,ネイトのハイキングの舞台となる山はどのような考えを持って作られたのか。ユニークなゲーム体験を生むクリエイターとして知られるCuzzillo氏だけに,その内容はとてもユニークであり考えさせられるものがあった。
「Baby Steps」は広大なオープンワールドを舞台にしているが,その制作方法は一般的なレベルデザインとはかなり異なる。
Cuzzillo氏によれば,本作の山は最初から細かく設計されたものではない。まずゲームのステージ的“ではない”巨大な山をフラクタルアルゴリズムを使って生成し,その地形を実際に登りながら面白い場所を見つけていくところから制作が始まったという。
つまり最初にルートを決めるのではなく,
「ランダムに生まれた山を探索し,いい場所をキュレーションする」
というプロセスで世界を作っていったわけだ。
この考え方のベースの一つに,ストリートのスケートボードカルチャーがあったという。
街に繰り出したスケーターたちは,用意されたコースで滑るのではなく,街の手すりや段差を見て「ここならこう滑れるかもしれない」と想像しながら,新しい滑り方を作り上げていく。
「Baby Steps」の地形もそれに近い。環境の中に可能性があり,プレイヤーがそこから自分なりの道を見つけていく。
つまりこのゲームのレベルデザインは,街を遊び場にしてしまうストリートスケートの感覚に近いのだ。
こうしてステージとなる山世界の細部は,2人による実際に足を使った(?)探索と選別の作業の中で決まっていった。
アセットの岩を用意したら置いてみて登る。今度はそれを回してひっくり返したり立てたりして置き直し,また登る。次は何個かを集めて組み合わせて置き,そして登る。
よじ登って進む岩場から足元の小さな岩までいろいろ試す。岩に立てかけた板がうまく足場にならず,何度か試したのち4cm動かしたら足がかかったときは「この感覚だ!」と喜んだそうだ。
Cuzzillo氏は,現代のレベルデザインに対するちょっとした不満を抱えていたという。
多くのゲームのレベルデザインでは,ライトや色,地形の形状などを使ってプレイヤーの進むべきルートを自然に示す手法が使われている。いわゆる「プレイヤーを導く」デザインだ。
だが氏は,こうしたアプローチに以前から違和感を覚えていたという。その背景には,自身の前作「Ape Out」の開発経験があった。
同作では「Spelunky」のようなローグライクに影響を受け,タイルベースのレベル生成システムを採用した。システム中心のデザインを目指したものの,実際にはレベル制作が非常に大変で,技術的にもコンテンツ制作的にも苦労が多かったそうだ。
さらに,シングルプレイヤーゲームのレベルデザインそのものにも疑問が生まれた。プレイヤーが自由に遊んでいるように見えても,実際には開発者が細かく誘導しているのではないかと感じたのだ。
プレイヤーは自由に動いているようで,実際には開発者が設計した体験をなぞっているだけ――それは開発者がプレイヤーをコントロールしていることになる。
Cuzzillo氏はこれについて,「まるで開発者が,プレイヤーを楽器みたいに演奏している感じ」がしたそうだ。
そこで「Baby Steps」では,その逆の発想を取ることにした。
プレイヤーを安全に導くのではなく,“迷わせる”。プレイヤーが迷い,自分なりのルートを見つけられる世界を目指したのである。講演ではこのアプローチを「canonical randomness(正統なランダム性)」と呼んでいた。
このゲームのレベルデザインの核になっているのが,Plausibleな空間。「あり得そう」「かもしれない」がある空間という考え方だ。
Cuzzillo氏は地形を次の3つに分けて説明した。
・明らかに登れる場所
・明らかに登れない場所
・登れる“かもしれない”場所
一番上は階段やハシゴのようなもので,2つ目は垂直の断崖絶壁のようにぱっと見で「無理だな」となるものだ。
この中で最も面白いゲームプレイが生まれるのは,3つ目の“かもしれない”がある場所だという。
通常のゲーム開発では,この3つ目は避けるもの,注意すべきものになる。登れそうに見えるけど曖昧なものは,プレイヤーが無駄に試し続けてしまったり,混乱してしまったりする可能性があるからだ。
そのため多くのレベルデザインでは,登れる場所,登れない場所をはっきり区別する方向に調整される。
だが「Baby Steps」では逆だった。この“かもしれない”ことこそが面白さの源だと考えたのである。
「いけるかな?」「いや無理か?」「この岩ならいける?」と試す。するとやっぱり行けないこともあるし,意外な方法で行けることもある。行ったら行ったで,その先に何かがあるかという保証はない。
しかし,この曖昧な境界にあるからこそ生まれるものが,本作のプレイ体験を形作っているのだという。
講演で紹介された象徴的な例が,ゲーム内にある塔のエピソードだ。
遠くからでも見えるランドマークで,プレイヤーは「きっと何かあるに違いない」と思って登り始める。ところが苦労して頂上にたどり着くと,NPCにこう言われる。
「登ったの? 何もないのに?」
そのまま「じゃあね」と言われて終わりだ。
Cuzzillo氏は笑いながら,こういう瞬間こそがこのゲーム体験の大事なものの一つだと説明していた。
つまり目標や報酬に導かれて登るのではなく,登ることそのものを楽しめるかどうかというわけだ。
講演の終盤でCuzzillo氏は,レベルデザインの考え方をこんな言葉でまとめていた。
「普通のゲームは答えを教える。でも僕らは質問を置いてるだけ」
この岩は登れるのか。あの崖は越えられるのか。
ゲームはそれを説明しない。プレイヤーが自分で試すしかない。
そして開発者が出した質問の答えは一つではない。開発者が想定していなかったルートを見つけるプレイヤーもいる。
Cuzzillo氏は“プレイヤー自身がどう答えるのか”を楽しみにしながら制作し,そして予想外の答えを見たときがこのゲームで一番うれしい瞬間だと語っていた。
プレイヤーを導くのではなく,「行ける“かもしれない”」と考えながら自分の道を見つけられるゲームを――。
ゴールの先に答えがあるのではなく,そこへ向かう過程で考えることに意味がある。大きなタイトルでいえば「DEATH STRANDING」や「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」にもその感覚はあるように思うが,いわゆるウォーキングシミュレーターの根っこにある大事なものでもあるのではないか。氏の話を聞きながらそう感じた。
個人的な話になるが,筆者はCuzzillo氏の作品が好きだ。
「Ape Out」は自分の中でインディーゲームの上位に入る作品で,その魅力は暴力性ではなく“解放”の感覚にあると思っている。
今回のCuzzillo氏の話からは,氏には人が他者の意思をコントロールすることへの違和感のようなものがあるのではないかと感じられ,「だから自分は氏のゲームに惹かれていたのだろう」とあらためて思う。
氏はセッションの中で本作を「マーマイト※のようなゲーム」と表現していたが,偶然にもそんなマーマイトが好きな筆者としては,なんだか妙に腑に落ちた気がした。
※マーマイト:ビール醸造で出る酵母を原料に作られるイギリスの伝統的な発酵ペースト。公式でも “Love it or hate it.”(好きになるか,嫌いになるか) というキャッチコピーを使っているように,独特の味で好き嫌いがはっきり分かれる食品。Cuzzillo氏が言いたかったのもつまり「Baby Steps」は好き嫌いがあって当然のゲームという話をしていたわけだ
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